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2013/04/14 (Sun) 12:07
人が育つ授業のあり方

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塾長の鈴木です。



養成塾を立ち上げて、2年と半年がたちます。


2010年の10月にブログを書き始め、勉強会をスタート。

年が明けて、2011年の1月から「養成講座」がスタート。

それ以来「体験講座」「養成講座」を多くの方が受講されました。


これまでの2年半、私は養成塾の授業を通して、
あるテーマを検証してきました。

それはまだ検証半ばなのですが、一言でいうと「教育」です。

ある理念に基づいた授業のあり方を
養成塾の授業を通して検証しているのです。


そしてその授業のあり方を私なりに確立できれば、
今度はそれを学校教育の現場と、企業のマネジメントの現場に
適用できる形にしたいと考えています。


養成塾の授業で私がいつも念頭においていること。

それは「人が育つ授業」というもの。

そのためにある授業のあり方をずっと研究してきました。


養成塾ではカウンセリングの技術的な側面がクローズアップされます。

それももちろん大切な要素ではありますが、
もっと根本的なものを私は念頭においています。

なぜなら、カウンセリングの技術というのは、
その技術を現場で活用する人間の「人間性」が重要になるからです。


カウンセリングの技術は、その技術を施す側の
人間性や価値観が問われるものです。

だからカウンセリング技術を高めるには、
それ相応の人間性の向上というものがセットになります。


私が養成塾の授業で「人が育つ」授業を念頭におくのもそのためなんですね。

そして人が育つ授業のあり方を2年半かけて検証してきました。


この検証はまだまだ道半ばにも差し掛かっていません。

しかし、さらに新しいカリキュラムの導入を見据え
より確かな検証につなげていくつもりです。


近々「養成講座」修了者を集めて、シークレット勉強会を開きます。

そこで私が追い求め、学校や企業の現場への導入を念頭においている
授業のあり方を本格的に導入する予定です。

おそらく養成講座を修了した塾生ですら、
最初は驚きと戸惑いを覚える授業になると思います。


しかし、学校教育、企業教育の現場で十分に機能し、
成果を上げるものであるという確信は既にあります。

この確信に確証を携えて学校教育や企業教育に臨むためにも、
先ずは養成塾の授業とその成果をモデルケースにするつもりです。




追伸:

養成塾では、養成講座の体験版である「体験講座」を開催しています。

開催スケジュールと詳細については下記をご覧ください。

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2011/06/27 (Mon) 09:36
子どものトラブル解決に学ぶ


こんにちは、鈴木です。



「先生、やっぱりわたし、謝る」



小学校のスクールカウンセラー時代のエピソード。
ケンカになった、2人の4年生女子。

たまたま廊下を歩いていたら遭遇。


「先生、何とかして!!」


何とかしてと言われても(^^;


そこで私はそれぞれの言い分を話してもらいました。
そして、一つ一つを丁寧に確認していきました。


「●●なことがあったわけね」
「▲▲な気持ちになったのね」
「■○だと言いたかったのね」



私が適切な言葉に変えて確認することで、
2人の女子の間でもそれがシェアされます。


ひとしきり話が出尽くしました。

タイミングを見計らって、
私はこうつぶやきました。


「さあ、どうしたらいいんだろうねえ・・・」


「・・・・・・・」




間もなく一人の子(A子さん)が動きます。

A子「先生、やっぱり私、謝る」
鈴木「謝ろうと思うの?」
A子「私も悪かったから」
鈴木「自分も悪かったなあって・・」
A子「うん、B子ちゃん、ごめんね」
B子「・・・うん、ごめんね」
鈴木「B子さんは許そうと思えるの?」
B子「うん、私も悪かったし、もういいの」



そう言い終わらないうちに、
二人は手をつないで校庭に走っていきました。

あっ、廊下は歩きましょうね(^^;(^^;


いわゆる「水に流す」ですね。


大きくこじれた場合は
こんな風にはいきません。

でも、お互いの選択を尊重する。
この姿勢で話を聞くと、
子どもは自分で解決法を考えます。


「謝らせる、許させる」


そうではなくて、


「謝りたい、許してもいい」


人に強要される形ではなく、
自分から(自主的に)思うからこそ、
謝るという行為は意味があると思うのです。







2011/05/28 (Sat) 22:36
■カウンセリングと教育


こんにちは、鈴木です。



私に迷いはありません。
自分がやるべきことはわかっているから。


心理カウンセラーになり、
カウンセリングの腕をひたすら磨き、
臨床家としての実力をつけようとしてきました。


これからもその方向性は変わりません。
そのためにやるべきこともわかっています。

あとは自分がどこまで行けるか。
どこまで前に進んでいけるかですね。


前に進んでいけるかを不安に思うこともなく、
「進むしかない」と心が決まっています。


カウンセリングってね。
突き詰めるとね、実は「教育」なんですね。

カウンセリングを突き詰めると、
「究極の教育実践」と交わるんです。


だからカウンセラーは本当の意味で
「人を育てられる人間」じゃなきゃならない。

「真の教育者」であろうとすることが
カウンセラーの基本姿勢とイコールなんです。


「真の教育実践」とはもちろん
「教えない教育」の実践ですね。


6月12日の「エンカウンターグループ(満席)」と
6月20日の「グループカウンセリング(満席)」では、
真の教育実践者としての姿勢で臨みます。








2010/12/27 (Mon) 22:16
教えない教育とは?


こんにちは、鈴木です。


私の尊敬するカール・R・ロジャーズ。
友田富士夫、そしてわが師。


3人とも実践に努めたのが、そう、
『教えない教育』です。


教えない教育というと、
最も反発を示すのが多くの教育者。

なぜなら彼らは、教えることが仕事だから。

教えないで教育せよと言われたら、
彼らは何もできなくなるからです。


しかしです。


私が尊敬する上記の先人たちは、
教えずして人を育ててきました。


表現を変えれば、安易に教えるという
関わり方をしなかったということ。

学習者(生徒・受講生)の学習を大事にした。
"教わる"のではなく"学ぶ"。

主体的な学習にこそ、成長が起きる。
それがロジャーズの実証した理論でした。

私も、カウンセリングやエンカウンターで、
教えない教育を実践してきました。


教えてもらうのって、楽なんですよ。
受動的ですからね。


でもね。


教えてもれないって厳しいんです。
実に苦しい経験なんです。


例えば、クライエントが苦しんでいる。

カウンセラーは、自分のそのケースに対して
指導者からアドバイスが欲しい。

でも、指導者はなかなか教えてくれない。


これって苦しいですよ。
たまらないです。
自分だけの問題じゃないから。

でも、だからこそ、カウンセラーは成長する。


教えない教育は、真の成長を生むんです。

そして教えないということは
生徒にとっても苦しいことですが、
指導する側にも厳しいことなんです。


指導者がフワフワした動きを取らず、
一つの所から動かない。

これは相当の修練が必要です。


でもね、教えない教育は
やっぱり真の人間的成長を起こす。

答えをホイホイもらっても、
それはやがて、ほころんで消えていきます。


自分で苦み、格闘して実感した答え。
それこそ、自分の血となり肉となる。

私はそういうクライエントの方々を
これまでたくさん見てきました。


苦しんで得たものは、教えてもらったものじゃない。
自分で見つけたものなんです。


いつかこの教えない教育を貫き、
世に問うていこうと思っています。


でも、今はまだ、身近に理解者はいません。
孤高の戦いになることは明白。

それでも、長い年月をかけてでも、
貫いていきたいと思っています。



追伸:
いえいえ、理解者はいましたね。
私のクライエントの皆さん。

なぜって、教えられない教育を
身を以って体験したわけですから。










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